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chick_d’s diary

love music

私とフジロック'97

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この文はFacebookに投稿したものですが、
ブログ記事にしてみたら?という進言を頂いたので一部修正してテスト投稿
 
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今年は子供がちょうど里帰りから東京に帰ってくるタイミングと重なり、フジロックへ行けないというか行かないので20年前、1997年7月26日の思い出。
 
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第一回、天神山で開催されたフジロックフェスティバル’97が日本初の本格的野外フェスだったことよりも、当時18歳の自分にとってはボアダムス電気グルーヴAPHEX TWIN、マッシヴアタック、リーペリー、スクエアプッシャーという自分的スターが一気に観られるということが高額なチケット購入の決め手だった。
シーホーセズとかレッチリとかレイジとかBECKとかはまあ好きだけどついでに、という感じなので、この時からすでにGREENとかWHITEよりもHEAVENとかORANGEでほぼ3日間過ごす派の嗜好はあったのかもしれない。
 
残念ながら会場の天神山スキー場で待ち合わせる予定だった友達とは当時持っていたPHS&ポケベル(!)の電波が入らず、全く連絡が取れずで、しばらく雨で味が薄くなるカレーを食べたり歩き回って会場の雰囲気を楽しんだりした。まあそのうち会うだろうと。(結局最後まで会えずずっと一人だった)
 
この日はちょうど関東に台風が直撃の予報。
確かサードアイブラインドまでは雨もそこまでではなかった気がする。ハイロウズの時点で既になかなかの台風っぽい豪雨に。当日の格好はTシャツに短パン、スニーカー、上着なしカッパなし、もちろんテントも宿の予約もなし。チケット代で精一杯でお金も1万円持ってなかったと思う。
 
さらに終演後のことなど全く頭になく、適当にその辺で2000円の毛布レンタルで野宿するつもりで本当に山をなめていた。どんどん流されて前の方へ。人から出る水蒸気で前へ行かないと全くステージが見えない状態だったのだ。
 
初めてのモッシュとダイブをガンガン楽しんでいるうちに体験したことのない寒さが襲ってきた。あれ?もしかして皆がモッシュしてるのって。。これ、バンドにブチ上がってるのもあるけどみんな寒さを紛らわす為に暴れてるんだ!と気づき、とにかく周りに密着して暴れることでどうにか耐え忍ぶ。
 
途中何回か日高さんが出てきて危ないから下がって!
と中断もあったが、以外と周りの皆が女の子をモッシュから助けてあげたり、温めあったりで最悪の空気ではなかったと思う。ヒロトがチンチン出して皆がテンション上がる。
 
途中でセカンドステージが開いて、フーファイターズをチラ見しながらボアダムスにダッシュで移動。
ボアダムスは確かスーパーゴー出す前あたりの時期で、1時間で1曲、ワンコードで轟音、ツインドラムという度肝を抜く演奏でこの日一番だった。ボアのライブでさらに豪雨が激しくなる、っていう地獄か天国かよく分からないトランス状態のなかで、一人狂ったお客さんがステージに無理やり上がって頭から柵へダイブしてったのを覚えている。生きててほしい。
 
で、一瞬レイジを見に戻ったんだけどやっぱりアタリ・ティーンエイジ・ライオットが気になってそこから結局電気、APHEXまでセカンドステージにいた。
フジロックで初めて、中学からずっと追いかけてきた電気グルーヴをついに観られた感想は、あれ?中途半端だなーもっと面白くてガチガチのテクノを期待してたのにもう終わり??という感じで正直消化不良だった気がする。でも場の一体感は異常なくらいでもうめちゃくちゃ楽しかった。
 
それからAPHEX TWIN。ステージほぼ最前列でかぶりついて待っていた。ステージに小さい一軒家がセッティングされて普通に曲が流れてるんだけど、本人は一向に出てこず、リチャードのお面かぶった着ぐるみが踊り狂うという、APHEXの脳内を野外で観てるような不思議なステージで最高だった。
 
最後はメインステージに戻ってレッチリを見ている途中からあまりの寒さにだんだん意識が遠のき、泥の中へ倒れる。というかおかしくなってダイブした。1日12時間も立ちっぱなしで雨に打たれていれば当然なんだけど、そのおかげで「レッチリ見ながら死にたくない」という気持ちになって、なんとか身体を奮いたたせて復活。
すでに会場も泥がすごいことになっていて、くるぶしどころかすねまで泥に浸かり、踊る以前に立っているだけで体力をどんどん奪われていく。
 
もうここに一泊するなんてとても考えられない、と命の危険を感じて2日券を捨て、とにかく帰宅しようとバス停側へ移動。むしろここからが地獄の始まりだった。
 
レッチリ終わりには俺と同じこと(一旦帰宅)を考えた3万人のゾンビと化した人たちがバス停へ押し寄せ、そこがバス停なのか何なのか分からないほど人でごった返し、会場の帰宅客の怒りがピークに。バスも道を人が塞いでいてバス停へ入れない、整理のバイトが殴られている、なんとか入ってきたバスの運転手も怒っていてドアを開けない、皆がバスを蹴る、ガラス戸にヒビが入っている、バスの排気に人が集まって暖を取っていてバスも動けない。「乗せろボケェ!」「開けろや!」の怒号が飛び交っている、というまさに地獄絵図がここから3時間。自分は怒る元気も全くなく憔悴しきった状態で目の前で起きていることが幻覚のようにも見えていた。
 
とにかく河口湖駅へ行くしかないと待ち続け、3時間後ようやく乗れたバスは残念ながら西湖行きだった。しかし、怒りが収まらない乗客数人が「みんな河口湖駅行きてえんだよ!」とバスの運転手を脅し続け、それに従う形で結局乗ったバスは河口湖駅へ行き先が変更されるというミラクル。
 
その後SMASHが鉄道と話をつけたようで、なんとか東京方面行きの臨時列車に乗れ、友達に迎えに来てもらってどうにか朝方帰って泥のように寝た。2日目が中止になったとはいえ、死人が出なかったのは奇跡だと思う。
 
という人生で一度だけ死に近かった経験をして、それから仕事で行くまで10年フジロックには行かなかったという20年前のイベントレポート。
 
その後音楽雑誌とか一通り買ったんだけど、セカンドステージのレポートがほとんど掲載されてなかったのが残念で、あんなすごいことが起きてたのに何この扱い?全員メインステージのミーハーライターばっか、しょうもな、ってSMASHよりも当時の日本の音楽雑誌に憤ったのを覚えています。
 
あのイベントのことを思い出すと、大抵の修羅場は大したことがないと思えるくらいは時間が経ち、この時に比べるとフジロックもかなり快適なフェスになったと思います。
 
ということで20周年のフジロック前夜、アヴァランチーズの出演中止であきらめがついたので行ける方、楽しんで!